従業員の「治療と仕事の両立支援」が、2026年4月1日から企業の努力義務となることが決まりました。これまで「推奨されていた取組み」を、法律に根拠を持つ“企業の基本的責務”として位置づけ直す動きです。
治療と仕事の両立支援の努力義務化で何が変わるのか、企業は何をすべきなのかを、厚生労働省のガイドラインに基づき解説します。
目次
「治療と仕事の両立支援」努力義務化で何が変わるのか?
かねてより推奨されてきた「治療と仕事の両立支援」ですが、労働施策総合推進法の改正により、2026年4月1日から事業主(企業)の努力義務として位置づけられることになりました。事業主は「治療を受ける労働者」について、相談窓口の明確化や、研修による意識啓発などの“必要な措置を講ずるよう努める”こと(努力義務)が法律上明記されます。
「努力義務」とは、”〜するよう努めなければならない”という規定ですので、違反すると直ちに罰則が科される「義務」とは異なります。しかし、これは国が企業に対して、治療と仕事の両立支援への取り組みを強く求めていることの表れです。
加えて、厚生労働大臣が 「治療と就業の両立支援指針」を定めました。この指針は2026年2月告示予定、2026/4/1から適用とされています。
罰則はなくとも、全ての企業において真摯に向き合うべき課題となったのです。
関連する法律と企業の安全配慮義務
努力義務化以前から、企業には従業員に対する「安全配慮義務」が課せられています。これは労働契約法第5条に定められており、企業が従業員の生命や身体などの安全を確保しつつ、労働できる環境を整える義務のことです。
病気を抱える従業員に対して、その健康状態に配慮せず過度な負担を強いることは、この安全配慮義務に違反すると判断されるリスクがあります。治療と仕事の両立支援は、この安全配慮義務を具体的に果たすための取り組みとも言えます。努力義務化を機に、自社の体制を改めて見直すことが求められます。
なぜ今努力義務化されるのか?その背景
「治療と仕事の両立支援」とは、病気を抱える労働者が、個々の状況に応じて病気の治療と業務を調整しながら、継続して働き続けられるように企業側がサポートを行う取り組みのことです。この支援が今、強く求められている背景には、以下のような社会的な変化があります。
① 働き手の高齢化・慢性疾患の増加
労働人口の減少が進む中、貴重な人材の離職を防ぎ、長く活躍してもらうことは企業の持続的成長に不可欠です。一方、従業員の平均年齢が上がっていくと、慢性疾患やがんなどの病気にかかる人の割合は増えていきます。貴重な従業員が、病気によって望まない退職をすることは、会社・従業員双方にとって不幸なことです。
② 医療の進歩で、入院より通院中心へ
医療の進歩と疾病構造の変化 医療技術の進歩により、かつては治療が難しかった病気でも、通院しながら社会生活を送れるケースが増えています。特に、がんや糖尿病、心疾患といった病気と共に働く人は増加傾向にあります。
「休職→退職」ではなく、一定期間は就業調整しながら治療を行い、快復したらこれまでどおりに勤務ということが現実的になっています。
実際、私の家族は40代でがんに罹患しましたが、会社の短時間勤務や時間単位有給休暇などの制度を使いながら治療と仕事を両立し、手術や抗がん剤などの1年弱の初期治療を終えた後は、定期的な検査以外は以前通り勤務し、会社に貢献しています。
支援の対象となる疾患は?
両立支援の対象となる疾患に特定のリストはありません。厚生労働省のガイドラインでも、病名を限定せず、「医師の診断により、増悪の防止等のため反復・継続して治療が必要と判断され、かつ、就業の継続に配慮が必要となるすべての病気が対象となりうる」とされています。
該当する病気としては、以下のようなものが挙げられるでしょう。
- ● がん
- ● 脳卒中
- ● 心疾患
- ● 糖尿病
- ● 肝炎
- ● 難病
- ● メンタルヘルス不調 など
重要なのは病名ではなく、その従業員が治療のために何らかの配慮(通院、副作用による体調不良など)を必要としているかどうかという個別の状況です。
とはいえ、実際に可能性が高い疾患を想定することは大事です。一定期間休職となる原因で多い疾患は、1位メンタル不調、2位がんという調査データがあります。
予想される今後の方向性
今回の法改正は「努力義務化」ですが、これはゴールではなくスタート地点と捉えるべきでしょう。社会的な要請がさらに高まれば、将来的には罰則を伴う「義務化」へと移行する可能性も十分に考えられます。
実際に、育児・介護休業法が段階的に強化されてきたように、労働者を保護する法律は時代と共に厳格化される傾向にあります。
他社に先駆けて両立支援体制を構築することは、法対応という側面だけでなく、「従業員を大切にする企業」としてのブランドイメージを高め、業界にでも企業の競争力を強化するための先行投資と言えます。
具体的に行うべき企業の取り組み内容
では、企業は具体的に何から始めればよいのでしょうか。その道しるべとなるのが、厚生労働省が策定した「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」です。
(参考:厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」)
ただし、こうしたガイドラインや指針を見ると、やることのボリュームも多く、なかなか難しいと感じる経営者や人事担当者も多いのではないでしょうか。私も過去に企業の人事担当を11年経験していますが、最小限の人数で多くのタスクをこなしており、尻込みしてしまう気持ちがよくわかります。
そこで、「制度を完璧に作る・網羅する」より、まず “運用できる最小構成” から作るのが現実的です。
厚生労働省が必要としている、治療と仕事の両立支援のための社内環境整備は、①基本方針、②相談窓口、③休暇などの制度の整備、④研修等での啓発の4つです。
① 基本方針を作って社内に告知
「両立支援に取り組む」方針表明と従業員への周知をしましょう。経営層の意志が大切です。
② 相談窓口+申出フローを決める
従業員が治療と仕事とを両立したいとき、どこに言えばいいのか、をまず決めて周知しましょう。直属の上司でも人事総務担当でも構いません。時々で変わらないように、申し出があったあとのフローも決めておきたいところです。また、健康情報は「機微情報」にあたるので、守秘義務、ルール決めが大切です。
③ 実際に使える制度を少しずつでも作る
通院時などの従業員があると助かるのが、半日・時間単位有給休暇、短時間勤務、残業・深夜免除、在宅勤務、業務転換などです。会社の実情に合わせてできるものから整備しましょう。
④ 啓発のための研修を行う
仕組みや制度は作っただけでは動きませんし、従業員も相談を受ける側も、いざというときに忘れてしまいます。従業員全体向け、管理職向けといったセミナーや研修で、啓発・教育が必要です。
この4つのうち、①と③はそれぞれの会社の想いや実態に沿うことが大切ですので、社内メインで検討すると良いと思います。逆に②と④は、病気や治療のことも含めた知識や専門性がないと難しい部分があるため、私が人事担当者であれば、外部の力も借ります。
私はもともと医療系企業にいて多くの医師と仕事をしてきた経験と、企業の人事経験、そして大きな病気をして、実際に治療と仕事を両立する家族をサポートしてきた経験があります。
そうした経験をもとに、企業側・従業員側双方の視点から、従業員向けの啓発セミナーや、両立支援の仕組みづくりのアドバイスを行わせていただいています。
まとめ
- ■ 2026年4月1日から、「治療と仕事の両立支援」は企業の努力義務となる。
- ■ 努力義務は罰則はないが、国が企業に対して「治療と仕事の両立支援」への取り組みを強く求めている。
- ■ 背景には、労働人口の減少や医療の進歩があり、人材確保の観点から企業側にもメリットとなる取り組みである。
- ■ 特定の病名に限定されず、継続的な治療を必要とするすべての従業員が対象となりうる。
- ■ 治療と仕事の両立支援のための社内環境整備は、①基本方針、②相談窓口、③休暇などの制度の整備、④研修等での啓発の4つ
取り組みを一から始める企業は、制度を完璧に作るより、まず 運用できる最小範囲から作って、徐々に充実させていきましょう。ぜひ、第一歩を取り組んでみてください。
参考文献
この記事を書いた人
笠井 篤
株式会社うぇるなす代表取締役/健康経営アドバイザー・両立支援コーディネーター

人材業界(採用支援)を経て、IT企業の人事職に。その後、医療系上場企業に転職し、8年間人事を担当した後に、患者向けマーケティング・プロモーションを担当。 全国のがん専門医の先生方の協力を得ながら治療や療養生活に関する情報発信や、WEBマーケティングに従事する。その最中に家族ががんになり、闘病を経験。
患者やその家族、一般の人が正しく質の高い医療情報にアクセスできることの大切さや、また働く人の病気予防、治療と仕事を両立できることの意義を体験から痛感し、うぇるなすを設立。医療・ヘルスケア・製薬分野に特化したマーケティング支援と企業の健康経営の取り組みを支援している。
